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午後23時、アメリカ南部にて
アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する筆者が当地にて感じた様々な事柄をお伝えします。
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Cast me if you can / アメリカ人の笑い
昨年の9月末に、同じ課の後輩がアメリカ駐在の餞別の品としてくれた本が、「アメリカ人とノリよく話して友達になれる10レッスン」という本だった。事前に彼から何が欲しいか聞かれたので、僕としては、南米でのビジネスのためにスペイン語の本をリクエストしたのだけど、アメリカ生活がうまく行く様にと気をきかせた後輩がこの本も買ってきてくれたのだ。

入社以来海外業務に携わってきたと言っても、留学経験もなく、英語のスラングについては、「Fxxkは人前では言ってはいけない」とか極めて限定的な知識しかない僕にとっては、この本はすごく、おそらく彼が期待していた以上に、重宝している。中でも、ところどころに書いてある「アメリカンジョークの事例」というコーナーが特に参考になる。日本語であっても大して面白くない僕ではあるが、アメリカ人相手に笑いを取るのは未だにかなり大変なのだ。

そもそもアメリカ人は何に笑うのだろうか? 先日あったイベントは、そんなことについて僕に深く考えさせた。

そのイベントというのは、ヒューストン日米協会が主催する映画の上映会で、「脇役物語(英語でのタイトルはCast me if you can)」という日本映画を上映したものだ。事前の連絡で、ウッディ・アレンを意識したロマンティックコメディーとの説明を見た時は、日本人の監督や俳優がコメディーを演じても、わかりやすいものが好きなアメリカ人には十分に面白さが伝わらないんじゃないかと、余計なお世話ながらに心配になってしまったものだった。

金曜の仕事が終わった後、全米一と言われるヒューストンの渋滞に巻き込まれた僕は、開演より10分遅れて、会場である南部有数の私立大学、ライス大学に到着した。会場に着き扉も開ける時まで、「もしかしたら数人の日本人しかいないんじゃないか」と相変わらず余計な不安を抱えていたのだが、いざ扉を開けてみると、ホール中は階段や通路に至るまでアメリカ人の観客で溢れていた。若干アジア人が多い様にも見えたが、白人も黒人もラティーノも少なからず集まっている。何より驚かされたのは、ホールのそこかしこから、ひっきりなしに笑い声が聞こえることだ。そんなに面白いのかと僕もスクリーンに釘づけになる。

大まかなストーリーは、万年脇役俳優だった主人公(益岡徹)が、ついにウッディ・アレンの日本版リメイクの主役という大役に抜擢されるのだが、とあることからその話がダメになり、大役を取り戻そうと悪戦苦闘していた時、女優の卵であるヒロイン(永作博美)と出会って恋に落ちるという話。ただ特筆すべきなのは、それぞれの場面で見せる登場人物たちの日本人離れした振舞いである。例えば、ヒロインであるアヤは、設定上、20歳以上年上のはずの主人公をほぼ初対面から、「ヒロシ」とファーストネームで呼び捨てにし始める。また、何かが起きた時のリアクションも、まるでコントかと思うほど、常にオーバーリアクションなのだ。

実はそれもそのはずである。監督である緒方篤氏は、アメリカで幼少期を過ごし、今でも日本とアメリカを往復し続ける生活を送っていて、上映後の質問会でも、「自分は日本とアメリカの両方のアイデンティティーを持っている」と早口の英語でまくし立てていた。日本の笑いはアメリカ人にはウケないかもしれないという僕の心配は、筋違いだったというわけだ。

それでもその質問会で、真っ先に手を挙げた白人の老人の質問は、アメリカ人の知性の奥深さを感じさせた。

「監督、素敵な映画をありがとう。私は心配だったのだが、我々アメリカ人は監督が笑いを意図していない場面で笑っていたりはしなかったかね?」

Rice.jpg

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韓国10倍、中国100倍の法則
かれこれ4年前の2009年、長期出張でアフリカ各地に出張していた頃、現地の人にアフリカ在住の日本人の人数を聞いた時にしばしば、「日本人はアフリカ全体で1万人程度だけど、韓国人はその10倍の10万人、中国人はその10倍の100万人はいるんだよ」との答えが返ってきた。そうした答えはおそらくスケール感をわかりやすく表したもので、実際の人数とは誤差があるのだろうけど、まだ今ほどアフリカが注目されていなかった当時でさえ、驚くほどの小国にすら広がるサムスンやLGの販売網や、アフリカの都市の郊外によくある中国人の建設労働者の住宅村を見るにつけ、そうした10倍ごとの人口関係があってもおかしくないと思わされたものだった。

とはいえ、そうした東アジア出身者における人口の差異は、新興国であるアフリカに特有のものだろうと思っていたのだけど、最近聞いた話では、この「韓国10倍、中国100倍の法則」とも言える状況は、ヒューストンやシカゴなどの当地アメリカの地方都市にも当てはまるらしい。

ヒューストンの場合、日本人の人口は在留登録等の統計上2000人程度であるけれど、韓国人はその10倍の2万人、中国人はその100倍の20万人いると言われている。そしてそうしたスケール感は、ヒューストンの街の風景を眺めれば、決して的外れには思えない。

日本の場合、日本食専門のスーパーとして、大同というお店が一軒だけあり、日本食が手に入るという意味では涙が出るほどありがたいお店なのだけど、店舗の規模でいえば、コンビニ程度の規模となっている。

それが韓国となると、郊外のコリアンタウンと呼ばれるエリアに、H Martという巨大なスーパーがあり、韓国の食材だけでなく、日本の食材もある程度取り扱っているので、僕もよくお世話になっている。

hmart.jpg

そして中国。コリアンタウンの場合は、僕の認識上、韓国資本の店が多いエリアを慣習的にコリアンタウンと読んでいるだけで、実際に韓国人が集住しているエリアがあるわけではないと思われるのだけど、中国人の場合は、ヒューストン南西のBellaireという地域の周辺に、食品店、レストラン、美容院、銀行など、圧倒的な規模の中国系の商店が広がるチャイナタウンがある。

もちろん韓国人や中国人の場合、日本人とはヒューストン在住の性格が異なっていて、日本人のほとんどが数年間の短期滞在を目的とした駐在員であるのに対し、韓国人の少なくない割合、中国人のより大きな割合がアメリカへの永住を目的にヒューストンに滞在している。

特に、中国人の場合は、CASPという言葉が生まれるくらいアメリカ社会への適応にとても熱心だ。CASPというのは、WASPをもじった言葉で、WASPがWhite Anglo-Saxon Portestant(白人で、アングロサクソン(この場合は広くイギリス系を指す)で、プロテスタント)を意味して、20世紀半ばまでの典型的なアメリカ人の特徴を指していたのに対し、CASPの場合は、Chinese Anglo-Saxon Protestant(中国人ではあるけれど、アングロサクソン的な価値観や生活様式を理解していて、プロテスタントであるとてもアメリカ的な人たち)を意味している。もはやイギリス系のアメリカ人と見分けがつかないくらい、アメリカ文化の受容に積極的、というわけだ。


本国同士では決してうまくいっている事ばかりではないけれど、ヒューストンでは違いよりも、外見や食文化などの類似性の方が目立つ東アジアの隣人たち。同じ太平洋を超えて頑張っている者同士として、彼らから学ばなければいけないことは多いとつくづく思う。






2つのテキサス
テキサスに来てから早4ヶ月が過ぎたのだけど、未だに驚かされるのは、「2つのテキサス」とでも言うべき、テキサスでの徹底した二言語政策だ。公共施設の掲示や館内放送、道路標識から、店頭での商品説明、果ては日用品の注意書きに至るまで、英語とスペイン語が併用されている。

例えば、これは非常食用のカップ焼きそばの表面で、さすがに、「水を入れて電子レンジで4分」という料理方法は英語がわからないラティーノでもわかる気がするものの、真面目な国民性故か、東洋水産は自社の商品であるマルちゃんに詳細な二言語での商品説明を行っている。

Houston-20130210-00342 (5)



現代アメリカの多様な人種状況を認識しつつも、「アメリカは圧倒的に英語の国」という意識を持って当地に来た僕にとっては、この状況は衝撃的だった。しかし、アメリカ人の友人に「メキシコ北部、テキサスへようこそ!」といった冗談を言われるなどの経験を経て段々と認識を改めることになる。よくよく考えてみれば、統計上もヒューストンではラティーノの人口が約4割を占める。約25%を占める黒人も含め、日本の感覚で「マイノリティー」と呼ぶには、余りに人口上のインパクトが多いのだ。

折りしもテキサスから遠く離れたワシントンでは最近、オバマ政権が移民法の改正を熱心に議論している。自分は未だにアメリカの移民政策を論じるには知識不足過ぎて、より踏み込んだ議論はまたの機会にできればと思うのだけど、アメリカの移民政策は全体として、1986年の移民法改正以来、現実として存在する非合法移民(90%がメキシコ系を言われる)に対して、一定の条件下での合法化など、法律を現実に合わせることで、どう社会の調和と安定を保っていくかという方向を歩んでいると思う。そうした政策面での動きは当然、より日常的な活動にも影響を与える。

そう思って30年弱の社会的な試行錯誤の結果として眺めると、このカップ焼そばのふたもそれなりに感慨深い。その感慨には、スペイン語の授業の結果として、英語とスペイン語が同じことを意味していることを僕が認識できることも影響しているのかもしれない。

日本からは見えにくかったアメリカの変動の一定部分を代表していると思えるテキサス、その中心ヒューストン。これからもこの土地の行方を見つめていきたい。


プロフィール

タツヒコ

Author:タツヒコ
アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する商社マンです。

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