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午後23時、アメリカ南部にて
アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する筆者が当地にて感じた様々な事柄をお伝えします。
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アメリカで走ることについて語るときに僕の語ること
いきなり村上春樹へのオマージュ(もしくはパクリ?)のタイトルで書き始めてみたいと思う。

かつて、中国人の友人からこんな話を聞いたことがある。その友人は中国東北部の貧しい地域の生まれで、彼女が10代の少女だった90年代後半、天安門事件以降の共産党による文化統制の強化もあり、その街では中国国外に関するものはほとんど手に入らなかったという。唯一の例外が街の外れにあったブラックマーケットで、そこではごく少数ではあるが、統制を逃れた品物が流れてきていて、中でも人気だったのがハリウッド映画を「録音」したカセットテープだった。当時その街では、映像を再生するビデオデッキは余りに高価な品物だったのでテープだったのだけど、彼女にとってはそんなテープだけでもとても刺激的で、音声としてのハリウッド映画に頭の中で自分なりに映像を補完して、映画から垣間見える繁栄したアメリカの生活に想像を膨らませていたという。

中でもお気に入りだったのが、それ自体アメリカ現代史とも言える「フォレスト・ガンプ」で、様々な困難に対して懸命に立ち向かっていく登場人物たちの姿に自分の姿を重ね合わせ、辛いことがあるたびに何度も聴き直していたという。そして、特に大好きなシーンだったのが、物語の後半、主人公のガンプが、長年思いを寄せていた幼馴染からもらったナイキのランニングシューズを履き、走ってアメリカ大陸を何度も横断する場面。会話の場面と違って、走っている時の景色は彼女には想像するしかないのだけど、主人公に共鳴して大勢の人達がともに走り始めるという描写に、そんな多くの人達をどこまでも走らせるアメリカの大地とは一体どんな美しい道なんだろうと、遥か彼方の地への憧れを強めていたという。

「走る」という行為は、ガンプの様な先導者がいなくとも、アメリカに住む多くの人達を惹き付けている。以前当ブログで、テキサスにいかに運動不足で太った人達が多いかを書いたことあるけれど、一方で走るのが大好きなアメリカ人も少なくない。僕の思うところ、そこには2つの理由があると思う。

一つは自分をコントロールするのに役立つから。件のエッセイの中で村上春樹は長編小説を書くという作業は根本的には長距離を走ることに近く、小説を書き続けられる状態を保つことに役立つと語っている。一旦リズムを決めてしまえば、後はそのリズムを長期間継続することが重要になることが似ているという。長編小説家でなくとも、自分をコントロールすることが大好きで、日々のオフィスでの激務に極度の集中状態を継続することを必要としているアメリカのホワイトカラーにとっては、長距離を走るという行為は、生活全体に役立つというトレーニングになるだろう。

そして、もう一つは、ルールがシンプルだから。移民社会アメリカにおいては、国民的スポーツと言われるアメフトにしても、ルールすらわからない人々も少なくはない中で、ランニングシューズさえあれば、いつでもどこでもすぐに始められるランニングは、人種や民族を問わず、多くのランナーを生んでいる。

7月4日の独立記念日、僕はアメリカに来て始めて、「Run Wild 5K」という5キロランのレースに出場した。超車社会であるヒューストンでは普段、一部の遊歩道を除き、公道にはほとんど歩行者やランナーを見かけず、街中でのレースが中々想像できないのだけど、この日の朝は、中心部のUptown周辺の一等地を交通規制して、何とも贅沢なランニングコースが作られていた。暑さを避けてレースの開始時間は7:30に設定されていたが、前日に会食に参加したこともあり寝不足気味であった僕を尻目に、普段から早起きなアメリカ人は、万全のコンディションという雰囲気で、スタート地点に集まっている。他のスポーツと違い、白人、黒人、ラティーノ、アジア系、様々な人種のランナーがひしめき合っているのが興味深い。

独立記念日らしく、レース開始直前には地元のアーティストがアメリカ国家を歌い上げ、参加者の一体感が高まった中でのスタート。かなり後方からスタートした僕は、楽しみながらのんびり走る人達の波を書き分けて前に出ようとするのだが、まだ7時台とはいえおそらく華氏90度は超えていると思われる暑さと、もっと根本的に日頃の練習不足がたたって3キロ付近ですっかりバテバテになってしまった。「リズムをつかめば後はそれを続けるだけ」とはいかない様で、こんなはずじゃなかったと自分の肉体への不甲斐なさに愕然とする。ただ一方で、久しぶりに全力で走ったことによる爽快感と、仲間たちと「走る」時間と場所を共有したことの喜びは病みつきになりそうだった。

何より、来年1月にヒューストンマラソンというフルマラソンへの参加登録を済ませている僕としては、この悔しさをばねにいい加減に真面目にトレーニングに励まないとならないのだ。まずは秋にハーフマラソンを完走することを目標としてみようと思う。

フォレストガンプでは、ガンプ自身の思いは別として、周りの人々は彼を「平和を願って走る者」だと信じて一緒に走っていた。さて、1月のマラソンは何を願って走ろうか…。

5k run1

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アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する商社マンです。

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