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午後23時、アメリカ南部にて
アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する筆者が当地にて感じた様々な事柄をお伝えします。
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キング牧師演説50周年に捧げて
今から50年前の今週に当たる、1963年8月28日、アメリカの首都ワシントンで余りに有名な演説がなされた。日本でも「私には夢がある」という一説で知られる、公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師によってなされたあの演説である。今更とは思いつつも、少し引用してみよう。

"I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: "We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal. I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.…(中略)… I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.I have a dream today!"

(私には夢がある、つまりいつの日か、この国が立ち上がり、「我々はすべての人々は平等に作られている事を、自明の真理と信じる」(アメリカ独立宣言の一節)というこの国の信条を真の意味で実現させることだ。私には夢がある。つまりいつの日か、ジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルにつくことができるという夢です。…(中略)…私には夢がある。私の四人の幼い子ども達が、いつの日か肌の色ではなく、その「性格の内容」によって評価される国に住めるようになるという夢です。今日、私には夢があるのです!)

キング牧師の夢はあれから50年たった現在、どれだけ現実のものになったのだろうか。公民権運動の最盛期だった当時と比べれば、黒人の政治的、経済的、社会的な地位が向上したことは間違いないだろう。オバマ大統領の存在は、その成果の最大の象徴となっている。ただ一方で、今年アメリカでは、無罪判決に対する黒人による全国的な抗議運動を呼び起こしたジョージ・ジマーマン事件が起き、黒人差別は未だ終わっていないという印象を全米に与えているのも事実だ。また、ここヒューストンでも、未だに黒人の多くは地域の低所得者層を形成し、不十分な教育機会によってその状態は再生産されようとしている。

それでも、特に黒人が文化的領域において発揮する圧倒的なエネルギーに真正面から対峙する時、いつの日かキング牧師が夢見た真の平等が実現するのではないかいう楽観的な直感を感じずにはいられない。例えばジャズ。僕は今週末、件のキング牧師の演説でも「戻ろうルイジアナ州へ!」と触れられていた黒人人口が多い州、ルイジアナ州にあるジャズ発祥の地、ニューオーリンズへ向かった。この街は、2000年の国政調査によると、人口の67%が黒人となっている。

1900年代、当時、酒場や売春宿が立ち並んでいたニューオーリンズ一の歓楽街であるバーボン・ストリートで、そうした人々のむき出しの欲望が集まる場所を演奏の部隊としていた黒人やクレオールの演奏家たちが、ジャズという新しい音楽様式を生み出し、瞬く間に白人も含めた多くの層に人気を博すことになる。その後1920年代前半にニューオーリンズの歓楽街が閉鎖されたことで、ルイ・アームストロングなど、著名なジャズのアーティスト達はアメリカ各地に散らばっていったが、このニューオーリンズの街でもジャズの伝統は脈々と息づいていた。

2013年夏。湿地帯のためかヒューストンよりも蒸し暑く感じる気候も、日が落ちるにつれて漸く少しは過ごしやすくなってくる頃、昼間から騒がしかったバーボン・ストリートに、更に鼓膜をつんざく様な大音響が鳴り響く。突如として街頭で始まったジャズバンドの演奏だ。それぞれの楽器がお互いの個性を主張しあう様子は、調和よりは混沌を、そして混沌の中から生まれる強烈なエネルギーを感じさせ、早くも僕は彼らの演奏に引き込まれていく。そうこうしているうちに辺りが暗くなれば、通り中のジャズハウスから思い思いのジャズの演奏が聞こえ始め、全米中から集まった観光客たちの熱気を更に高めていくのだ。

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中でもバーボン・ストリートから一本通りを曲がったところにある古びた建物、「プリザベーション・ホール」での演奏は素晴らしかった。他のジャズハウスにおいては、ニューオーリンズ名物のカクテル、ダイキリですっかり酔っ払った観光客たちは、どこまで本気でジャズを聞いているのか定かでなかったりするが、このジャズハウスでは、飲み物や食べ物は一切出されることはなく、訪問客は真正面を向いてジャズバンドの演奏に集中することになる。彼らが演奏するのは、ジャズ発祥の時代から続くディキシーランド・スタイルのジャズだ。

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もちろんジャズにしても、音楽としての詳細な体系があるのは重々わかっているのだが、ジャズの本場で、黒人たちの生演奏に向き合う時、特に、伝統的なスタイルの演奏に聞き入る時、僕個人としては、ジャズ発祥当時にそれが先行して存在していた他の音楽のジャンルに対して持っていた自由さ、そしてそこに込められていた黒人の自由への思いを感じずにはいられなかった。冒頭の箇所よりも知られていないが、ワシントン大行進でのキング牧師の演説はこう締めくくられている。

"And when this happens, when we allow freedom to ring, when we let it ring from every village and every hamlet, from every state and every city,we will be able to speed up that day when all of God's children, black men and white men, Jews and Gentiles, Protestants and Catholics, will be able to join hands and sing in the words of the old Negro spiritual, "Free at last! free at last! Thank God Almighty, we are free at last!"

(そうすれば、私たちが自由の鐘を鳴り響かせば、すべての村、すべての集落から、すべての州、すべての街から、自由の鐘を鳴らせば、すべての神の子が、黒人も白人も、ユダヤ人も異邦人も、プロテスタントもカトリックも、すべての人々が手に手を取ってあの古い黒人霊歌を共に歌える日がより早くやって来るのだ。「ついに自由だ、ついに自由になれた。全能の神に感謝しよう。ついに我々は自由になったのだ」と。)


自由の鐘によって奏でられる音楽が聞こえてはこないだろうか。

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アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する商社マンです。

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