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午後23時、アメリカ南部にて
アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する筆者が当地にて感じた様々な事柄をお伝えします。
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Take Me Out To The Ballgame / スポーツと公共性

「ハーバード白熱教室」という番組や「これからの正義の話をしよう」という著作で、一躍日本でも人気となったアメリカの政治哲学者、マイケル・サンデル教授が、市場の道徳的限界について論じた最新の著書「それをお金で買いますか 市場主義の限界(原題 What Money Can't Buy)」の中で、教授が、大衆スポーツが持つ重要な公共性について論じている箇所がある。少し引用すると、

「もちろん、スタジアムは主として、さまざまなスポーツ協議を見るために人々が集う場所だ。…(中略)…だが、その場の公共性-みなが一緒に同じ体験をし、少なくとも数時間は、地元への愛着と市民の誇りを共有する-のおかけで、市民としてのあり方を学べる。スタジアムが象徴的施設というより広告掲示板に近くなるにつれて、その公共性は失われていく。だとすれば、おそらく、そこで育まれる社会の絆と市民感情も失われていくだろう。」

ヒューストンに来てから、僕はこのスタジアムの公共性という側面を肌で実感している。ヒューストンはアメリカの4大大衆スポーツ(野球、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケー)のうち、アイスホッケーの除く3つのスポーツについて、一部リーグで戦うプロチームを抱える都市だ。10月から1月にかけては、アメフトチーム、ヒューストンテキサンズの期待以上の活躍に一緒になって盛り上がったが、今度は球春の到来ということで、先週日曜日メジャーリーグのヒューストンアストロズの開幕戦に向かった。

ダウンタウンにどっしりと立つ本拠地、ミニッツメイドパークに、試合開始より少し前に着くと、スタジアムの周りの駐車場はどこも一杯であり、僕はスタジアムからかなり離れた駐車場、というか、メキシコ人が本当に許可を取って管理しているのか疑わしい川原沿いのスペースに、車を止めなければならなかった。街の中心に車で行くのが基本のスタジアムがあるなんて、日本では考えられないことだなどと考えながらスタジアムに急ぐ。

スタジアムの中に入ると、既に試合が始まった球場では割れんばかりの大歓声が沸き起こっている。ホットドッグやメキシコのファストフードのスタンドが立ち並ぶ通路を抜けて観客席に出ると、そこにはほぼ満員の何万という観客で溢れており、相手が同じテキサス州のダラスが本拠地のテキサスレンジャーズということもあってか、相手チームのユニフォームを来た人々も少なくないものの、大多数が地元アストロズのファンたちだ。

日頃、事あるごとに社会格差の大きさを感じさせられるテキサス社会ではあるが、ここでは、白人も、黒人も、ラティーノも、アジア人も一緒の席に隣り合って座って、地元チームの応援をしている。そして、前後や左右の初対面と思われる相手に気さくに話しかけ、アストロズが珍しく開幕戦でのホームランを打てば、誰彼かまわずハイタッチをする。球場の外での職業や所得の違いはそこではほとんど考慮されず、サンデル教授が評価する公共性が確かに存在していた。

一方で、教授が公共性が失われる兆候だと嘆いているスカイボックス席もそこにはあった。かつては金持ちも貧しい者も一緒に並んで応援していたのに、今では高所得者はより多額の料金を払うことで空調完備の特別席に隔離され、外部の社会での格差を再現しているというのだ。但し、スカイボックス席でお高く止まった金持ちはあくまでもごく一部であり、僕の実感では、その席に入れるだけの所得を有する人でも、敢えて屋外のスタンド席を選んでいる様に感じられた。それに、いかにお金を持っていたとしても、クーラーの利いた部屋でワインを飲むよりは、ホットドッグ片手に冷たいビールで熱狂を覚ます方が、野球を楽しめるものと信じたい。

面白いのは、観客それぞれが思い思いのやり方でスタジアムにいる時間を楽しみ、思い思いのタイミングでそこを後にしていることだ。僕の前の席に座っていた何組かの親子連れのグループは、子供が飽きてしまったのを感じ取ったのか、5回途中で早々と帰っていってしまった。もっとも、僕らにしても、試合終了時の駐車場周辺の混雑を恐れて、「Take Me Out To The Ballgame(私を野球に連れてって)」が流れる7回終了時には、球場を後にしたのだが。

僕は、今回のアストロズの試合で、アストロズがアメリカンリーグに参加しての初の開幕戦として、万年最下位をうろつくチームとしては珍しく大勝利を遂げた試合自体も、スタジアム全体に未だ健在の、アメリカのベースボールが持つ市民的公共性も大いに楽しんだ。ただ一つ心残りなのは、開幕戦に相手チームのレンジャースは日本人投手ダルビッシュを登板させると思っていたにも関わらず、彼の実際の登板は2試合目であり、僕が行かなかったその試合で、彼は9回2アウトまで完全試合という偉業を成し遂げたことなのだけど…

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この記事に対するコメント

このようなプロスポーツの興行も然り、古代ローマ帝国時代のコロッセオのグラディエーター然り、大衆が日常では味わえない興奮を味わうための要素であり、特に古代は階級社会が顕著であった時代だから、権力者に対する大衆のフラストレーションや疫病などの自然災害による外的ストレスからのガス抜きという面もあり、そう言う意味では元々興行というのは大衆にイニシアチブがあったと思うけど、現代社会ではサンデル教授の指摘にあるように、広告塔としての役割がメインになってきたのはスポーツビジネスとしての概念が確立され、大衆娯楽から資本家によるビジネスの一手段へと変貌を遂げたからに他ならない(2003年の買収により、世界有数のビッグクラブに成長したチェルシーFCもそれと引き換えに地元の象徴という役割が薄れてしまったと聞いたことがある)。

それにより興行主はもちろん、選手や地元経済も潤うというメリットがある反面、サンデルの主張のように市民同士の交流・市民全員で応援(例えば万年最下位でも応援し続けるということで生まれる連帯感とでも言えばいいのかな)といった人間臭い要素がなくなってしまうことを考えると、ビジネス化というのは大衆目線から見れば決していいことばかりではなさそうだ。

まぁ百歩譲ってプロだからいいかもしれないけど、最近ではアマチュア最高峰の五輪ですらビジネスの広告塔になってしまっているのは勘弁して欲しいよね~。
【2013/04/07 19:55】 URL | あらや #- [ 編集]


新家君、丁寧なコメントありがとう!
各社会階層に応じて興味関心のある事柄が分断されていく中、大衆スポーツを一緒になって応援するというのは本当に大切な時間だと思う。
弱いチームこそかえって愛着がわくというのもその通り。ヒューストンに住む人間として各地元チームを応援し続けます!
【2013/04/08 09:10】 URL | タツヒコ #- [ 編集]


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アメリカのテキサス州ヒューストンに駐在する商社マンです。

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